日本物理探鑛株式会社


神田川の名所・旧跡


神田川の源泉は武蔵野台地中の地下水(標高45m前後)が窪地から湧き出たもので、 その源泉となる井の頭池(三鷹市)には、かつて七ヶ所の湧水があったと伝えられている。 しかし、都市化が進む昭和30年頃から湧水量が減少し、現在は深井戸からの揚水により まかなわれている。
池の北西端には徳川家康が好んだと伝えられる「お茶の水」(写真1) と呼ばれる源泉が再現されている。
 また、神田川に合流する善福寺川の源泉(杉並区善福寺公園内)は「遅乃井」(写真2)と呼ばれ、 今から約800年前、源頼朝が奥州征伐の途中ここに宿陣した際、干ばつで水が不足し自ら弓で土を 掘ること七度、「今や遅し」と水の出を待ったことから名付けられたと言われいる。 しかし、この源泉も現在は涸れて井戸からの揚水に頼っている。

写真1 神田川の源泉「お茶の水」

写真2 善福寺川の源泉「遅乃井」
また神田川に合流する妙正寺川の源泉(杉並区清水)は、JR中央線「荻窪駅」から約1.2km北の 環状八号線から少し入ったところにある妙正寺公園内にあり、周囲は静かな住宅地である。 ここの源泉も現在は井戸からの揚水に頼っている。
このほか江古田川、井草川や桃園川も神田川及びその支流に流れ込むが、ほとんどが暗渠と なっていて、その流れを見ることはできない。

それでは神田川の流れに沿って、川の周辺の様子を見てみよう。

井の頭から流れ出た神田川は約300mの間、周辺住民の努力により川辺は自然の姿を保っている (写真3 )が、その先は河川改修によりコンクリートの壁に覆われた姿に変貌する。 京王井の頭線と平行しながら高井戸付近まで流れ下ると、かつては生活排水が直接川へ流れ込ん でいたため川は汚染され、魚の住めない状態であった。
しかし、現在は下水道設備の発達に伴い水はきれいになり、大きな鯉が群をなして泳ぐ姿が 見られる。



写真3 自然の姿を残す源流付近の神田川

写真4 和田掘公園を流れる善福寺川
川はコンクリートに覆われ昔の面影もないが、川沿いには緑地帯や遊歩道が整備 されているところが多く、特に「西永福駅」の北約750mにある善福寺川沿いの都立和田堀公園 (写真4)は、川を中心として公園が整備され、周辺住民の憩いの場となっている。
さらに流れを下ると、「浜田山駅」から南へ約750m歩いた神田川沿いの塚山公園には縄文時代の 住居が復原されている(写真 5)。 塚山遺跡は神田川南岸に張り出した舌状の台地上にあり、旧石器時代から縄文時代後期初頭に かけての数多くの土器・石器や住居跡が発見されている。
また、地表下約3mのローム層内から発見された「局部磨製石斧」は約3万年前のものとされ、 「局部磨製石斧」としては日本最古のものである。 復原されている住居は縄文時代中期のもので、集落の形状は全国的にも珍しい直径約100m前後の 環状集落で、集落中央には広場と思われる空間があったことがわかっている。 また善福寺川沿いにも遺跡は発掘されていて、「永福町駅」から約1km北にある松ノ木遺跡にも 古墳時代の住居が復原されている。 これらの遺跡を見ながら縄文時代や古墳時代の人々の生活を想像するのもおもしろい。
このほかにも神田川沿いには多くの遺跡が発見されていて、和田堀公園近くの杉並区立郷土博物館 (京王井の頭線「永福駅」下車徒歩15分)には、縄文時代から古墳時代にかけての集落の移り変わ りなど、杉並区内の人々の生活の変遷がわかりやすく展示されている。  このように長きにわたり人々が生活していたことからも、神田川周辺がいかに生活環境の良い ところであったかうかがい知ることができる。


写真5 塚山遺跡の復元住居

写真6 神田川と善福寺川の合流部
(左が神田川、右が善福寺川)
神田川は杉並区永福町を過ぎると京王井の頭線に別れを告げ流れを北東に変える。 その流れは杉並区方南町付近で環状七号線をくぐり、中野区へと入る。中野区弥生町で善福寺川と 合流し(写真6)、JR中央線「東中野駅」東側を通り新宿区に入ると西武新宿線「下落合駅」 付近で、妙正寺川を合わせ流れを東へ転じる。 このあたりの落合と言う地名は妙正寺川と神田川が合流する、言いかえると落合うと言うことから 生まれたもので、かつては出水多発地区であった。
「下落合駅」の北東約300mにある薬王院のある台地南西端で発掘された古墳では、人骨二体分の 一部と鉄刀一振が発見されている。 この古墳は奈良時代(八世紀中〜後期)と考えられている。
薬王院の東約400mにはおとめ山公園がある。 おとめ山の名はこのあたり一帯が江戸時代、将軍家の御狩場で、立入禁止の意味の「御留山」から 起こった名と言われている。 現在も周辺は高級住宅地で、公園内には新宿区唯一の自然湧水があり(写真7)、谷間の静けさを 残している。
この公園では地域住民と協力して蛍やトンボの人工的な飼育を行っている。 このほか善福寺川の源泉のある善福寺公園でも川の流れを利用して、蛍の人工飼育が行われている。



写真7 おとめ山の湧水

写真8 高田馬場駅付近の神田川
流れは間もなく「高田馬場駅」の北側をJR山手線と西武新宿線の鉄橋下を、流れの幅を少し 狭めて通り(写真8)、山手線内側にはいる。
(東京都地質調査業協会 技術ノート No.25 より)
執筆:安冨宏和



参考文献
 ・東京新聞社会部編:「よみがえれ 東京の源流 神田川」,1995
 ・坂田 正次:「江戸東京の神田川」,1987,論創社