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日本物理探鑛株式会社 設立75周年

弊社は今年の12月7日で創立75周年を迎えます。これもひとえに、
皆様方のおかげであると感謝いたしております。今回から数回に分
けまして、既往文献より弊社の歴史を振り返ってみたいと思います。

第1話 夜明け前

初代社長である渡邊貫は,1898(明治31)年7月16日,大分市で生まれ, 1923(大正12)年3月に東京帝国大学理学部地質学科を卒業し鉄道省に入省後, 熱海線建設事務所へ配属となりました。写真1は昭和11年頃(1936年)頃の熱海駅です。 当時は、高層ビルもなく自然そのものでした。写真2は現在の熱海です。時代の流れを感じます。

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写真1(1936年頃の熱海駅)

渡辺が配属された当時,熱海線建設事務所では1918(大正7)年に着工した丹那トンネルの工事が 最盛期を迎えていましたが,大量の湧水と膨張性の地質に阻まれ,それまで経験したことのなかった 未曾有の難工事となりました。当時の鉄道トンネルは,工事にあたって地質調査を行うことは ほとんどせず,ごくまれに地質調査所や帝国大学などに調査が依頼される程度であったそうです。

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写真2(現在の熱海駅)

渡邊が配属となった熱海線建設事務所では,この年の3月から5月にかけて長さ300フィート(約90m) の水平ボーリングを行って地質の確認を行いましたが,これは建設中の鉄道トンネル工事としては 初めての試みでした。さらに同年5月にはスウェーデンのクレリウス社から技術者を招聘し, 丹那盆地の直上から垂直ボーリングを行いました。写真3はクレリウス社のボーリング機械による 調査の状況です。渡邊はこれらの成果を東京帝大教授 平林武氏とともにまとめ, トンネル工事としては初めての本格的な地質調査報告を行いました。

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写真3(日本で初めて使用されたボーリングマシン)

「小野田(1987),小野田(1997)等より編集」
写真1,写真3は鉄道省熱海建設事務所(1936)による